影武者徳川家康〈下〉 (新潮文庫)
同名の週刊少年ジャンプ掲載の漫画から、この作品にたどり着きました。
しかし、原作のほうがはるかに奥深く、もっと大勢の人に読まれるべき存在だと思います。人間の持つ知恵の凄みというものが実感できる作品です。
数奇な運命というものが、人をいかに成長させ変化させていくのか。もっといえば、立場という物が人に与える影響の大きさを知ることが出来ました。
漫画の方は、「花の慶次」にくらべて、今ひとつの感がありましたが、原作はこちらのほうが重厚です。痛快さよりも、したたかさ、しぶとさがメインになっているところが、なかなか味わい深いです。
ただ、男が男に惚れてしまうような良い男ぶりや、敵役の女々しいまでの卑劣さ、そして女たちの妖艶さは健在です。人間を描く天才、隆慶一郎氏の世界を堪能してみて下さい。
吉原御免状 (新潮文庫)
後の代表作「一夢庵風流記」「影武者徳川家康」などに引き継がれる、隆慶一郎の思想的バックボーンが明らかにされている。
デビュー作ながら、重厚な資料解析に土台を置いた、綿密な時代考証と伝奇作家としての想像力の豊穣さ…そして、男が男に、女が男に、男が女に「惚れる」とはどういうことかを痛烈に教えてくれる。
僕ら団塊ジュニア世代は、氏の作品には週刊少年ジャンプの原作として、間接的に触れ、原哲夫の描くいい男・いい女を媒介として吸収した。
もっと多くの作品に触れてみたかったと思う作家だ。
一夢庵風流記 (集英社文庫)
作家 隆慶一郎 氏を知ったのは、本書が初めてだった。
漫画で読んだ花の慶次の原作を僕も読んでみようと思ったのだ。
本書は傾奇者、前田慶次郎の一生を鮮やかに描く歴史小説である。
本書を読んで、原哲夫氏が漫画にしたいと思った理由がよく分かった。
脚本家だった氏の文章には、いつも鮮やかな華がある。
そして、それはいつでも絵になる文章なのだ。
本書は、それがもっともよく現れた本のひとつだと思う。
それは、氏の描く小説世界にいつも共通する美しさであり、恐らく氏の生き方に深くかかわった美意識なのだろう。
死ぬことと見つけたり〈上〉 (新潮文庫)
佐賀鍋島藩の武士の修養書『葉隠』に材をとった時代小説、斎藤杢之助、中野求馬、牛島萬右衛門のタイプの違う三人の武士を主人公に、男としての生き方、葉隠武士の有り方を描き出しています。
自分の信じる道を行き、自分の信じるもののために全てを懸ける、言葉で言うのは簡単ですが、なかなかできることではありません。が、この三人は、時には絶対的な権力を持つ藩主の意に背くことになろうとも、さらには幕府老中に楯突くことになろうとも、平気でできてしまうのです。意地と誇りと、そして何より覚悟を持って、命さえ投げ出して事に当たることで、人間として男としての輝きがさらに増していく。なんと羨ましい生き方であることか。自分にはできないこととわかっているので、なおさらこの男たちが眩しく魅力的に見えてきます。
残念なのは、最後まで完結することがなかったこと。構想は練られていたので、その後どうなっていくのかは簡単に書いてはあるのですが、やっぱり物足りません。作者の筆で、無骨に愚直に爽快に生きた男たちの物語を閉じてほしかったと感じるのは私だけではないはず。作者の急逝が本当に悔やまれます。
一夢庵風流記 (新潮文庫)
学生時代漫画で読んだが、友人より実在の人物だと聞いて驚いた。驚きのあまり私はそれを否定してしまった。
巻末に「石原裕次郎主演で映画化した際に原作者がシナリオを担当した」と書かれている。時間がなかったため、あまりの出来の悪さにリベンジしたのが本作品だそうだ。
しかし、必死で集めた資料がペラ紙1枚・・・。よくそれだけの資料でこれだけの本が書けるものだと脱帽するばかりである。
その心意気が主人公 前田慶次郎と相通ずるものがある。
隆慶一郎というもののふが前田慶次郎というもののふの話を書く。
その心意気があればペラ紙一枚で十分であったのかもしれない。
最後になったが現在でも歴史小説の基準がこの作品となっている。
この作品を超えるものが果たして出るのであろうか、その日を心待ちにしてはいるものの、その日が来て欲しくないという思いもある。