曾根崎心中
心から愛し合った男女の、美しい最期までを、流れるような文体と美しい情景描写で語っていく。
ハードカバーでうすい本なので、読むのにそこまで時間がかからないが、ぐいぐい惹きつけられて、
読んだ後は放心し、涙が出た。
舞台は江戸時代の遊郭で、現代ではうかがい知れない非常に興味深い場所が細かに描かれており、
当時の遊郭独特の言葉もちらほら使われていて、それがよいエッセンスとなっている。
遊郭の描写もあるものの、女性目線から描かれているので、直接的すぎる描写は少なく、うつくしい。
本当の恋とは何なのか、本当に人を愛するとどうなるのか、そういことが、ぬきさしならない状況とともに
描かれていく。
普通の市井で出会っていた男女なら、現代に出会っていた男女なら、相思相愛の幸せな結婚をしたかもしれない。
でもこいういう悲劇の物語は、本当にうつくしいし、忘れられない。
うちにかえろう~Free Flowers~
少し前(と言っても約3年)に、NHKのCFに使われていた曲でした。 プロジェクトXにかぶせたCFだったので、もしや「中島 みゆき」さんの新曲か?と思ってCDを探した記憶があります。
ハスキーで声量もある、実力もありそうなのに、新作が出てこないですね、ちょっと気になります。
乳と卵(らん) (文春文庫)
読点で文章をつなぐだけで、一文がやたら長くて読みにくい文体。
それも関西弁がベースになっているから、
言葉を理解しきれない読者もいるかもしれません。
でも、我慢して読んでいるうちに、この文体が心地よく感じられるようになり、
目が離せなくなったりして。
ストーリーは、豊胸手術をしようとする母と
コミュニケーション・ブレイクダウンに陥った小学生の娘が、
東京の妹(娘にとっては叔母)を訪ねた先で言葉を取り戻すというもの。
このあたりの話は、30代男性の僕には最も縁遠いことなので、
ほとんど共感できませんでした。
ただ、ストーリーはこの際重要ではなく、
ディテールに現代を生きる人の見えない叫びが翻訳されています。
その意味では、文学として成功していると言えるのでしょう。
芥川賞選考会でも賛否両論で、絶賛する人もいれば、
石原慎太郎氏なんかはメッタ斬りにしたとか。
ひとつ言えるのは、文学には正解などないということでしょう。
すべて真夜中の恋人たち
自分の閉じた世界で満足していたような、世界の片隅でひっそり、誰にも見つからないように、
息をひそめて生きているような、女性が、恋をする話……だけではないのだ。
彼女の悲しみや痛みもわかるし、モテない系の女性には身につまされるような描写も多い。
しかし、主人公の一人語りなので、騙されてしまうが、この話はかなりグロテスクなのではないだろうか。
主人公が、意中の男性に会いに行くのに、いつも、酒の力を借りていく、その壊れ具合とか、
ネタバレになってしまうので詳しくはかけないが、この主人公の好きな男性も客観的にはどういう人なの?
主人公のことをどう考えていたの?と首をひねってしまうところがあるとか。
そして、もう一人の友人と言っていいだろう人物もちょっと、終盤に向けて怖くなってくるのだ。
私は、ラストの明るさや、主人公が自己の人生に対する姿勢を洞察する部分が好きだが、
実は、そういう読み方はまだまだ甘くて、作者はものすごく、この小説に色々仕掛けているのではないか、
それを考えるために、もう一度読み直してみようと思う作品だった。
川上未央子は一筋縄ではいかないなあ。
ヘヴン
斜視。日々見つけられる、気まぐれな「苛めの新しいたね」。「どれだけ考えてもけっきょくどうすればいいのかはわからな」い「なにをしても間違っているような気が」する中学生の日常。身近に同じような苦しみを抱える人がいるので、読んでいて胸が痛んだ。教室の中での苦しみがこんなふうにリアルに書かれていることに強い痛みを感じ、作者の持つ創造力の強度に圧倒される。
コジマは、ドストエフスキー文学に出てくるユロージヴァイ(聖なる白痴とも言うべき存在、魂とは逆に肉体は不潔なことが多い)みたいな存在で、ちょっと図式的に過ぎる人物だと思ったけれど、「僕」と美術館に「ヘヴン」という絵を見に行って、その絵を見ないで帰る夏の一日は、悲しい作品の中で、キラキラしている大切な場面だ。もちろん、ラスト前の雨の公園の場面は圧巻。
しかし、最もすごいのは160頁から180頁までの百瀬との対話だろう。ドストエフスキー風の悪魔的な人物のように描かれる百瀬って、実は今の中学生の多くの発想そのものを語っている。普通は言語化されないが、苛める側のあまりにもリアルな実感。もう、子どもたちはここまで追いつめられている。全ての苛められている中学生とその家族に読んでほしい場面だ。いや、文学を愛する全ての人に読んでほしい。
百瀬を造詣しただけでも、川上未映子は21世紀の文学の旗手だと思う。今後が最も楽しみな(最も怖い?)作家のひとり。