バベルの塔
このゲームは、パズルゲームの草分け的存在だと思います。
私がこのゲームをやったのは、ちょうど20年前になりますが、
当時は毎晩、大学の後輩たちと「こう置いた方がいい」「こっち側から取ってみれば」
などと議論しながらやってました。
パズルゲームの面白さは、ルールがシンプルで奥行きがあること、そして見ている人も
楽しめることだと思いますので、たぶん今やっても面白さは全く変わらないでしょう
はやく、Wiiでダウンロードできる日が来るといいですね。
私が再びやり込みたいソフトランキングでは、ぶっちぎりのナンバー1です
伝奇集 (岩波文庫)
'@神秘主義者たちの描く宇宙のかたち。
'A危機に直面する人々の脳裏にひらめく人生訓。
ボルヘスの文章には、'@と'Aが端から端まで敷き詰められています。これらが軽く流せる人でないと、この人の文章の本意を汲むことは難しいでしょう。
「作家のための作家」と呼ばれた所以です。
彼の書く、感傷にひたる暇もない簡潔な文体はチェスタトン的で、読むのに少々骨が折れます。彼の描く世界は広大無辺でありながら、自壊する運命をも内包しており、実に複雑なのですが、ボルヘスは物語の骨子を「膨大な知識の独り語り」によって表現し、様々な世界をほんの10-20頁で語り終えてしまいます。短編一篇一篇が、伝奇SF一冊に相当する密度の濃さです。
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想像から人間を創り出し、消滅するまでの過程を描く「円環の廃墟」
イスカリオテのユダの行為についての論考群「ユダについての三つの解釈」
ほとんど要約のようで在るために、形而上の部分に比重が傾く推理小説「死とコンパス」
ひとつの言葉に対する仮定から広がる解釈が、現実世界と相反し合うまでを描く「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」
アカシックレコードのような「無限に続く図書館」の言語の混乱を描く「バベルの図書館」
などを含む、全十七篇。
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下に示したボルヘスの宣言文から、彼の小説作法が簡単に理解できると思います。いきなり核心に迫る外国語の新語句が現れるところや、全体を'まないと意味が分からないところ、そして、全体が'めた瞬間になるほどと思えるところが。
「二つの美学が存在する。鏡の受動的な美学と、プリズムの能動的な美学。前者に導かれて芸術は、環境もしくは個人の精神史の客観的な模写となる。後者に導かれて芸術は、自らを救い、世界をその道具とし、空間と時間という牢獄から遠く隔たったところで、独自のヴィジョンを創出する。これが<ウルトラ>の美学である。その意思は創造にある。宇宙に思いもよらぬ切子面を刻むことにある」
BIUTIFUL ビューティフル [DVD]
映画「ジェイコブス・ラダー」と共通点が多い。
先に死んだ近親者に連れられて、この世に去るという構造が
そっくりだし、冒頭とエンディングのシーンがつながって
主人公の状況がはっきりするのも同じだ。
また天井に張り付いた人間の悪夢的ビジュアルも全く同じだ。
絶対にこの監督は「ジェイコブス・ラダー」を意識している。
しかし、全く救いの無いエピソードだらけの映画だが、
リアリズムにこだわった、また絵画のような映像美がすばらしい、
ずしんと心に響く佳作である。
相棒 Classical Collection=杉下右京 愛好クラシック作品集=【HQCD】
多少、クラシック音楽も聴くため、「相棒」で使われた曲にも興味が沸きました。
特に「蟷螂たちの幸福」で使われた「耳に残るは君の声」は、エピソードも音楽も印象的だったので、
聴く度にドラマとリンクして、胸がドキドキします。
この曲は、ゲスト出演された荻野目慶子さんのリクエストだったとか。
オリジナルのサントラでもなく、ただ「相棒」の劇中で使われたクラシック音楽ということで、
「相棒」が好きでも、クラシック音楽に興味はないという方には、あまりお勧めできるものでないかも知れません。
劇中で実際に水谷さんが弾いていたという「英雄ボロネーズ」(演奏:杉下右京)が入っていれば、
ファンにはたまらない代物になりそうですけどね。
バベル スタンダードエディション [DVD]
日本人が所有していた銃が偶然モロッコの羊飼いの息子に手に渡り、砂漠で発砲したところ観光バスのアメリカ人女性に命中。この事件をきっかけに、モロッコ、アメリカ/メキシコ、日本でのドラマが始まる。
・ 異国で重症をおった妻を言葉の通じない中助けようと奔走するアメリカ人の夫(ブラット・ピット)
・ 異性からの愛情に飢えているが聾唖のため自分の想いを伝えられない日本の高校生(菊池凛子)
・ アメリカ人夫婦の子供2人を連れて一日自分の息子の結婚式のためにメキシコに戻ったものの再入国の際不法入国のため強制送還されるメキシコ人乳母(アドリアナ・バラッザ)
いずれの登場人物に共通するのは、どうしようもない厳しい現実に直面し、他者に自分の意図が伝わらず、孤独、絶望、怒りを感じる点だ。
それぞれの登場人物が自分が理解される幸福な場面はあるのだが、どちらかといえば、重苦しい現実とその現実に直面しての内面的な葛藤の要素のほうが強く見え、作者が意図したのであろう「闇の中の光」(最後のテロップから察せられる)というよりは「闇そのもの」に眼が向けられる傾向にあるのではないだろうか。
そういう意味で、皮肉なことにこの作品そのものが「バベル」となってしまったといえる。
個人的には、言葉にはできない重い気持ちになったが、実際にある程度心の準備をしてみていたこともあり、「芸術作品」として見てよかったと思った。口当たりのよいカクテルではなく癖のあるお酒を期待していたら(たとえばトルコのラク)、その癖のあるお酒がでてきて満足したという感じである。