廃市 デラックス版 [DVD]
昭和59年に日本のヴェネツアと称される水の街柳川で撮影された忘れ難い恋愛映画。福永武彦の原作を大林宣彦監督が心をこめて映画にしてくれました。
エドガー・アラン・ポーに関する卒論を書くためにこの地の古い旧家の旅館を訪れた大学生が、旅館の若い女性(小林聡美、名演)を通じてこの死んだように水と過去の追憶に沈み込んでいる運河の街とそこに生きる人々に魅せられてゆく。
全篇に流れる川の流れは、この風光明媚、山紫水明の地に棲む住人たちの精神に徐々に侵犯し、恐るべき諦念が色情と狂気を生むのだ。
明るくて快活なはずの娘が胸中深く秘めた恋心の行方はいずこへ? ラスト築築後柳河駅を出発する汽車に追走しながら尾美としのりがはじめて主人公にぶつける叫びが、観客の心をわしづかみにする。
日本3大映画美人の一人、入江たか子とその娘入江若葉の共演に拍手! 大林監督が作曲した弦楽の調べが、ことのほか人世の、青春の、男女の哀感を深く抉るようだ。
合唱名曲コレクション(28) 雪明りの路
廃盤になっていますが、多田武彦の作品を知る上で欠かせない演奏ですので、再販してほしいCDです。中古市場でも結構な値段がついていますので。
『雪明りの路』の演奏は関西学院グリークラブですが、指揮は福永陽一郎氏です。合唱の歌わせ方、テンポ設定など微妙に北村協一氏とは違うのが多田武彦マニアにとっては興味深いところです。関学グリーの名演奏で、圧倒的な量感をもって男声の厚いハーモニーが飛び込んできます。ナローレンジの録音ですが、歴史的な演奏の価値に免じてください。録音データはありませんが、1975年発売のLPの解説が転載してありますので、それ以前なのは確かです。
『富士山』は福永陽一郎指揮、日本アカデミー合唱団(合唱団京都エコーのメンバーが中心)の演奏です。合唱指導は関屋晋氏という豪華な顔ぶれです。1970年発売のLPが音源ですから、演奏は今の感性から聞くと厚く重く聞えるかもしれませんが、これが多田武彦ですし、この心を揺さぶるような量感がたまりません。この重厚な音色は現在の男声合唱団からは生まれないでしょう。
『在りし日の歌』は北村協一指揮、関西学院グリークラブ、『冬の日の記憶』は福永陽一郎指揮、同志社グリークラブで、大学グリークラブの名演奏を聴くことができます。いずれも1982年3月に池田市民文化会館で収録されました。
ライナーノートは多田武彦氏と福永陽一郎氏が各曲について思いが綴られており、資料的価値も高く、読んでいてとても参考になります。なにより伊藤整氏の手紙が収録されていますから。
多田武彦氏やトレーナーの大久保昭男氏はお元気ですが、関屋晋、福永陽一郎、北村協一という名指揮者は鬼籍に入られました。名演奏を残された方々に感謝の気持を込めて。
現代語訳 古事記 (河出文庫)
私は古文はさっぱりなので、古事記を読むにも分りやすい現代語訳に頼るしかありません。
その中で、本書ほど読みやすく、分りやすいものはありませんでした。
参考に挙げますと、他には、学研M文庫「古事記」(梅原猛著)と、文藝春秋「口語訳古事記 完全版」(三浦佑之著)を読みました。これらも素晴らしい訳と思いますが、本書ほどではありませんでした。
ほとんどの古事記の本では、解説をページ下段や別ページに置き、その解説を参照しながら読むのですが、そのような読み方では、視線を解説に移す度に思考が止まり、なかなか内容が把握できません。しかし、本書は、解説をみなくて済むよう、最小限の解説を本文自体に埋め込むことで、リズムを掴んだまま楽しく読むことができます。
他の著者達は、素人が読むにはこういった配慮が必要と考えないものなのかなあと疑問に思います。
古事記は、表面的に見ると、漫画以下のお馬鹿なお話に感じるかもしれませんが、聖書や仏典、あるいはタオイズム(道教)に全く劣らない深く壮大な世界を秘めています。特に我々日本人には非常に重要なものを持っているのではないかと感じます。
できれば、この読みやすい古事記を何度も読み、日本人のDNAに潜む神秘な力を呼び覚まして欲しいものと思います。
草の花 (新潮文庫)
この作品に出逢って実はもう数十年になる。大学時代に初めて出逢って、この作品の内面の精神性の虜になってしまった。私はかなりの濫読傾向があり、余程のことがない限り大抵は一度きりしか読まない。そんな私が何度となく読み返している作品のひとつだ。主人公の背負う絶対的な孤独に同調したのかも知れない。気が付く気が付かないは別にして、人間の持つ根源的な孤独が描かれている。主人公のストイック過ぎるほどの想いは、とうとう藤木兄妹には受け入れて貰えなかった。それ故、彼は一人で死んで逝く。最後部分の彼の独白がこの作品の全てだと思う。福永作品の『愛の試み』を重ねて読めば、作者の根底に流れるものがより一層はっきり伺える。
やはり何年経っても、青春期に感銘を受けた作品には限り無い魅力が褪せずにある。
廃市 デラックス版 [DVD]
「廃市」は原作に忠実に映像化された、めずらしい映画かもしれない。
原作を後で読んで、びっくりしたほどである。
しかし、福永武彦に対しての大林監督の傾倒と尊敬の念を知れば、当然と思える。
それに過剰な程にさえ文学的な薫りを大切にしている成熟した映画として完成度が高い。
この映画は16mmフィルムで創られ、小さなスクリーンで静かに観るのに適しているようかにさえ、つくり手の心が配られている。
この映画の中で、すべての登場人物たちが互いに擦れ違う愛の想いを内に抱えながら、なぜか宿命的に伝えきれず、しかしそれでもそれを大切にして生き、または死んでいく姿は、全編の雰囲気にミステリアスなムードと、福永文学の魅力が映画時間のなかに底流している。
それが舞台になっている柳川の川の表情と、みごとにひとつの世界を完成させていて、福永武彦文学の読者にはぜひお薦めしたい、愛、死と孤独を悲しく甘美に描いた映画である。