身の上話
おもしろい。
おもしろいし、スピードもあり、企画性を感じる。
だからだろうか。
リアルなのにあまりにリアルではない殺人。
人の数だけ表現があり、観察力があるから、行き場を失う。
「おいおい、だからってどうしたらいいんだよ」
この本に出てくる登場人物同様、もしかするとそれ以上に「置き去りにされた」感が
最後の最後に手を振る。
あ、それが狙いだったのかもしれない。
ならば、まんまと導かれたんだ。この人の話を聞くばっかりだったから。
ジャンプ (光文社文庫)
男と女は半年前に知り合った。ガールフレンドから恋人へ移行する時期だった。
その夜、男は独り住まいの女のマンションに泊まるつもりで、女も了承した。食事をしたのは良かったのだが、その後、飲めない酒を呑んでしまい、女に介抱され、マンションに着いた。
男は林檎が好きで、途中コンビニで買うのを忘れた。女が買いに行くといってコンビニへ走った。そして女は帰ってこなかった――。
導入部が良いと、えてしてラストはがっかりさせられるのが多いが、本作品は文章も巧みで、ラストも決まっていた。殺人はないが、まさしくミステリーである。
彼女について知ることのすべて (光文社文庫)
過去に単行本と文庫で出版済みの作品だが、今回装いも新たに光文社文庫で帰ってきた。以前読後に頭の中に広がっていた雪の光景が、今回は表紙を飾っている。
冒頭「人を殺しに」という言葉の入った一文で始まり、殺人事件に関わった主人公の話かと思わされるのだが、実際殺人事件よりも彼が関わった人々や彼のたどった道のりが展開されていく。目次を見てみれば「冬・春・夏・秋」と季節を順にめぐった1年の話のようであるが、実はその季節季節を数年生きてきたあれこれが入っていて、主人公が些細なことで過去を思い出し、また現在に戻るというような、実際生きていて過去を反芻し続ける日常のように綴られていくのである。
地味に予定通りの人生を送ったかもしれない主人公が、ほんとうに些細なきっかけでどんどん人生の道を違えていく様子はあざやかで、誰にもどんなことにも些細な事が影響しているんだと思わされる。いつもと同じ日と思っても、噂話に行ってみた場所から始まる恋もあるかもしれないし、ほんの一瞬に決心したことが未来をつくるかもしれない。そんな人生の不思議を感じながら、主人公の思いを全編で感じ取れる小説だ。
秘密。―私と私のあいだの十二話 (ダ・ヴィンチ・ブックス)
同じものでも見方によって全然違う。一つの事件も当事者間でその意味は全然違う。立場の違う二人の目から見た一つのできごと。それぞれがとても短い独白で思わずニヤリとしたりホロッとしたり。電話が小道具に使われる話が多いのは元々スポンサー付きの記事だからかもしれないが、声だけでつながって互いの姿が見えないというシチュエーションはこの短編集のコンセプトにふさわしい。というか多分、電話を使うというところから生まれたコンセプト?いずれにしても各作家の特徴がよく現れた小粋な短編集でとても楽しめました。
小説の読み書き (岩波新書)
小説家が小説を読む視点は、小説家でない我々が小説を読む視点と大きく違うのであろうか?
そういう疑問に佐藤正午は「小説の読み書き」の中できちんと答えてくれています。
同じ岩波新書から出版されている筒井康隆の「短編小説講義」「本の森の狩人」と共に作家の視点を知りたい人はぜひ読むべき本だと思います。