グレン・グールドのピアノ
たまたま本屋で立ち読みして、面白そうだったので購入しました。読み始めると面白く、中断してページを綴じるのが惜しいくらいでした。
物語はグールドの遺品整理から始まり、グールドの生い立ちへと続きます。ここまでは普通ですが、盲目の調律師エドクィスト、スタインウェイの話へとグールドの話題から離れます。グールド目当てで読むと調律師の生い立ちはいささか退屈に感じるかもしれませんが、目の障害を克服しながら調律師としての技術を獲得していく様は読み応えがあります。スタインウェイの章ではピアノの型番や機能などが語られるほか、戦時下では軍用グライダーや軍用アップライトを製造していた話などなかなか読み手を退屈させません。再度物語がグールドに戻ると満足なピアノが見つからないグールドのスタインウェイ社への執拗なクレームが、いかにもグールドらしく、傍観者である読者としては面白いです。
300ページある本文のなかでグールドとピアノCP318と調律師が出会うのは半分を過ぎた頃ですが、それまでのエピソードや周辺知識の詳述について文章構成が巧くできているため、面白いです。この本の主題はあくまでも「ピアノCP318」、いわば変奏曲のバス主題のようなもので、グールド、調律師と出会う黄金期は3声のカノンといったところでしょうか。ストーリーとしてはそれほど劇的な展開があるわけではありませんが、書き方が巧いのでグールドの音楽のようにスリリングです。ただし、グールドの恋愛の話は主題から逸れているように思い、本書には蛇足だったように思います。著者が女性だったから書きたかった話題だったのかもしれません。2回目のゴルトベルク変奏曲の録音はヤマハのピアノの機能的限界に不満をもちつつもリテイクにトライするグールドの姿にあの名演の秘密が隠されているように思います。
グールドの文献はたくさんありますが、使用ピアノに焦点をあてて掘り下げた文献はないように思います。使用楽器を主役とした著作が成立するのもグールドならではです。スタインウェイピアノについて詳しいため、グールドファンのみならずピアニストにもおすすめします。
グレン・グールド―未来のピアニスト
狙いのはっきりしない評論だ。コンサート・ドロップアウト前のライブ録音からグールドの正体を暴こうとするのは面白い。グールドは胡散臭い芸術家だ。戦略前のライブ録音から分かるのは、彼がショパンも上手い「ただの天才」だということだ。それが「特別な天才」に、さらには「売れる天才」になるためには、いろいろ隠さねばならないことがあった。
彼が当初、ディヌ・リパッティの後継者に擬されたという著者の指摘は面白い。彼の本質は後期ロマン主義で、その時点で時代遅れの趣味の持ち主だった、という指摘も正しいだろう。そして、ホロヴィッツにもリヒテルにもなれない技術的限界(といっても最高度のレベルでの、だが)が、彼にむしろ個性を授ける、という辺りの論述が、実演者ならではの著者の真骨頂だ。そういう神話剥がしに徹底すればよかったと思う。
だが本書は中盤から次第に論理散漫になり、グールド礼賛と新たな神話化に傾いてくる。演奏も創造だといった手前味噌な議論が続く。彼が映像に残した音楽への没頭が素晴らしいなどというのは「見たまんまやないか」と思う。グールドを貶めていると思われると大変にまずいと著者が途中で気付いた、かのようだ。何を恐れているのだろう。
グールドはデビュー盤ですでに商業的にも批評的にも大勝利を勝ち得た。いまだに業界でいちばん売れている人だろう。彼がどういう音楽をやったかはみんな知っている。知った上で、聴かない人は聴かない。批評家の改めての助けなどはいらなかったのだが、なぜか「グールドは誤解されている」と言い立てる本が後を絶たない。要するにこの人気者にあやかってみんな商売している。その有り難味に、著者も途中で気付いたということか。
ユーロアーツ ドキュメンタリー ピアノ、その300年の歴史 [DVD]
ピアノの歴史を概観する場合,『カラー図解ピアノの歴史』(河出書房新社)にしろ,『ピアノはいつピアノになったか』(阪大リーブル)にしろ,チェンバロから始まってヨーロッパのピアノの変遷をたどるのが常ですが,この番組は後半はアメリカのピアノに焦点が当てられています。当然、スコット・ジョップリンのラグタイムやジャズ演奏におけるピアノについて触れられているのが特徴で,その分、前半は物足りない内容になっています。最後は日本のヤマハにスポットが当てられていて、ピアノ及びピアノ音楽が本家本元のヨーロッパから始まったものの、アメリカで発展し,いまや日本を経てアジアへ進出している歴史が語られています。
アスペルガーの偉人たち
自閉症やアスペルガーなどの自閉症連続体(スペクトラム)には、
判断基準がいくつがあるが、それは一定ではなく、
アスペルガーの概念を世に広めたローナ・ウィング女史は、
「複雑すぎて、とても定型化できない」と,述べている。
自閉症の症状の中の一つで,人口に膾炙しているのが,
映画「レインマン」のサヴァン症候群である。
サヴァンはある特定の分野における天才的な才能のことで,
レインマン役のダスティン・ホフマンは
超人的な暗記力を誇っていた。
このサヴァンにも2種類あって,知的遅れをともなうサヴァンと
知的遅れの無いサヴァンである。本書で扱っておるのは後者。
つまり,アスペルガーでサヴァン傾向を持った天才偉人である。
読み物としては仲々興味深いが,
アスペルガー当事者にとってみればどうだろう。
世の中で最も多いアスペルガーは,
コミュニケーションなどに問題を抱えてはいるが、
サヴァンの傾向などは全く持っていない
「普通のアスペルガー」の人々だからである。
グレン・グールド・バッハ・コレクション [DVD]
既発の『ザ・グレン・グールド・コレクション』からバッハの演奏を集めた1枚。この値段でこれだけの映像が堪能できるというのはすごいことだ。個人的には、1964年の『ゴールドベルク変奏曲』の映像がすばらしい。もう何回も見ているが、他のCDや映像では見られない解釈のもとで演奏されており、興味が尽きない。そして、貴重でもある。
まずその構成がグールドらしい。当然、番組のなかで全曲を演奏するということは時間的に不可能だったろうから、アリアから始まり第3、6、9、12、15、27変奏とカノンのみを順に演奏していくというものになっている。1つ1つの演奏は、装飾(トリル)を最低限に抑えて演奏しているようだ。特に最初のアリアが他では聴けないような快活さに満ちている。そのことによってよりバロック的な雰囲気を醸し出すことにも成功していると思う。
わずか8分ほどのなかに組み込まれたこれらの変奏は部分部分の抽出に過ぎないのだが、特筆すべきは、グールドが演奏すると互いに有機的に絡み合っているかのように思えてくることだ。『ゴールドベルク』という大きな宇宙から別の小宇宙を作り出しているといえばよいだろうか。これによってグールドは各変奏同士の様々な組合せが可能であることを教えてくれるし、そこにこの変奏曲の広大な宇宙を感じることができるはずである。