長嶋有漫画化計画
芥川賞作家、長嶋有の小説15作品を15人の漫画家が漫画化するという企画本。
藤子不二雄Aが表紙を描いていてそこが手に取りにくかったですが、他漫画家へのオファーをする際に役に立った”藤子先生も参加の安心企画!”というのだからこれはこれで良かったのでしょう。
作家陣は大御所・萩尾望都から昨年デビューの新人オカヤイズミまでバラエティに富んでおり、雑誌のような幅広さがあります。贅沢な”アックス”みたいな感じでしょうか。ただ普通の雑誌であればそのバリエーションゆえに「どうでもいいマンガ」、「好みじゃないマンガ」が散見されるのですが、今回の企画についてはすべてマンガ原作者が同じであるのでここに一定のクオリティというか方向性というかテイストが明確に決まっています。これにより大変読みやすく、400頁を超える分厚いこの本を大変楽しく読むことができました。
また、全マンガ作品について原作解説、マンガ解説、漫画家紹介がしっかり書かれていて、コラボ裏話やこの漫画家初めて読んだけど他にはどんなの描いているのかな?といった読者が読後に感じるであろう興味の部分についても丁寧にフォローされています。長嶋さんの原作力、編集力、サービス精神は大変素晴らしいです。
大変満足度の高い作品でした。掲載漫画家の2-3人を知っている人なら、買って損することはまずないと思います。おすすめ。
ラスト.ワルツ―Secret story tour
著者・島田虎之助が所属するサッカーチームには、ブラジル製の単車エルドラドNRa を乗り回す小林君というFWがいる。実は彼のバイクが生まれた経緯には20世紀の数奇な人類史が刻まれていた。そしてこのオムニバス漫画「ラストワルツ」の中では、様々な現代史を背負わされた名もなき大勢の人々が、不思議な力によって富士山のふもとへと引き寄せられていく…。
書かれていることはもちろんフィクションなのですが、虚実ない交ぜの20世紀史を通して著者が描くのは、市井の人々のかけがえのない人生です。私たちが学ぶ歴史はともすると、偉大な発明家、策略をめぐらすに長けた政治家、名作を残した文豪、といった功なり名を遂げた偉人に彩られた物語になりがちです。しかし歴史に名を残すことなく逝った大半の人々にも、懸命に歩んだ一生があるのです。彼らと偉人たちとの間に命の優劣はありません。著者はこの作品集でそうした普通の人々の、埋もれてしまいがちな人生をそっと両の手のひらで掬(すく)う試みをしているのです。
ヒロシマの被爆者である老婆がポツリともらす呟き。「どうして わたしだけ 生き残ってしまったのかねえ」。何十万という命が一瞬にして奪われた原子爆弾の悲劇にも生き残った老婆は、生きてあることに感謝するのではなく、自らの命に悔悟と負い目を感じる人生を戦後ずっと歩まされています。彼女のような名もなき人々こそが歴史を彩っているのです。この場面は、わずか3コマで描かれているためにえてして見落としてしまいそうになりますが、いつまでも私の心に残りました。
この遠大で深遠な物語を紡ぎあげた島田虎之助という若き才能に接して、私は身震いせずにはいられません。
ダニー・ボーイ
デビュー作から、島田虎之介は登場人物の持つ『隠された物語』を重視しているようだ。
ラストワルツでは丁寧に背景を語っていた(これはとんでもない想像力だった)が、新しい作品になるごとに、次第に美しい『行間』ができてきたように思う。
2作目、東京命日におけるあとがきで、『東京物語の原節子の夫は、いないことによってかえって家族に強く影響を与える』という言葉が書かれている。描かれない背景や人物が、登場人物に強く影響を与えている。
本作の島田虎之介はそのような『行間』を、これまで以上に自然に書いている。 1コマ1コマの中に、人物の行動や背景に対して、読者の想像を巡らせる『間』がある。もはや漫画の域を越えているように思う。
そして最後、主人公が歌うシーンは驚くほどせつなく、驚くほど明るい。ひとつの感情に全く収斂されずに、逆に解放されてしまった。
見事です。傑作。
トロイメライ
第1話を読んだ限りでは、ストーリーは全くもって分からない。
が、断片的に話が進んでいき、最終話で全てが解決したとき、読み返すと1ページたりとも違和感のない流れに驚いた。
島田寅之介さんの作品の中でも、分かりやすく、これは傑作と呼んでいいと思います。
東京命日
紛うことなき傑作です。
登場するのは、小津の『東京物語』に出てくるような、どこにでもいる普通の人々。そんな登場人物たちが、身近な人間の死(命日)を経験することによって、今まで自分の中にあった違和感や願望に正面から向かい合い、新たな自分を見い出していきます。
しかも、全く関係のないそれぞれのドラマが絶妙にクロスし合い、最後は一つに収斂していく…。その紡ぎ方のうまさといったらないです!
ある人物の死が、新たに別の人間の生へと繋がっていく、そういう命の大きな連鎖が感じられ圧巻。ストーリーは普遍的なものかもしれませんが、その描き方が実にすばらしいのです。
個人的には、パクりプロデューサーの安土四十六の物語が一番印象に残りましたね。一面の向日葵に覆われたラストシーンには必ずや胸が熱くなると思います。
とにかく、一回読んだだけでは理解しきれないほど構造は複雑で深いので、二回三回と読んで、じっくり味わいたい作品です。