図説 イギリス手づくりの生活誌―伝統ある道具と暮らし
著者は自給自足の生活の第一人者、ということで、いわゆる現代的な消費文明とは異なり、生活そのものが身近な範囲で完結する時代を愛しており、その理想として、過去のイギリスの生活を取り上げています。
学者ではなく、参考文献や文学に根ざした引用はほとんどありません。この方が過ごした暮らし、実際の体験などから、道具類のひとつひとつのエピソードを書いていく手法は、時に筆者の方の個性(現代文明への嫌悪感)が目立ってしまいますが、わかりやすく、微笑ましいです。
煙突掃除の方法で、誰がショットガンを使うことを想像するでしょう? バターやチーズの作り方、当時の農村の暮らしで必要だった豚の飼い方、家の構成、台所にある調理器具……すべて、生活のにおいがします。
道具のイラストや生活に関する描写がとても多いので、そのひとつひとつが当時の生活をイメージする手助けをしてくれます。
『図説ヴィクトリア朝百科事典』よりも、「個人生活」に踏み込んだ内容です。どちらも合わせて読むと、当時どんな暮らしをしていたのか、その輪郭が強く浮き上がってくるでしょう。
追われる男 (創元推理文庫)
ある国(作中国名は出てきませんが、解説によるとナチスドイツ)の要人(これまた名前は出てこないけど、おそらくはアドルフ・ヒトラー)を狙撃しようとした「わたし」。理由は、政治的なものでもなく正義からでもない。ただ、手強い獲物をしとめたいという、スポーツマンの、ハンターの本能からだけで。しかしこの狙撃は失敗、捕まり激しい拷問をうけながらも何とか祖国のイギリスに帰り着く。が、ここも安全ではなかった。執拗な捜索の手から逃れるため、「わたし」は地位も名誉も投げ捨てて、戦うことを決意する。
追う者と追われる者の、典型的な冒険サスペンス小説です。
前半の拷問の場面や、敵の手から逃れて祖国へ向けて必死に逃げていく姿は、物語の残りの分量からみても捕まって殺されるハズないとは思っていながらも、まさに手に汗握る、迫真の逃避行です。
後半、敵を迎え撃つために都会を離れ、山の中で、穴を掘って住処をつくり、あちこちに罠を仕掛け、といったところは(近くの町に買い物に出たりはするものの)まるで無人島でのサバイバル生活のよう、抜群におもしろい。また、後半にも追いかけっこがあり、これはこれでハラハラドキドキなのですが、それよりも、自分でつくった住処(穴蔵)の中に潜み、追跡者が遠のくまで音も立てずに静かに待っている場面は、追跡劇とは対照的にアクションやスピード感は無いものの、それがかえって緊張感を生み出し、怯えながらジッと待つことの焦燥感が痛いほどに伝わってきて、読んでいて、自分が暗く狭い穴の中に入っているような息苦しささえ感じてしまいます。
本書は、何十年ぶりに新訳で復刊されたのだそう。また、続編もあるとのことなので、ぜひこちらも翻訳出版してほしいものです。