遮光 (新潮文庫)
本当に悲しいことは否定したい。喪ったという事実も受け入れられない。彼が持ち歩いていたものは、美紀そのものだった。「いつも一緒にいたい。」「いつも存在を感じていたい。」その思いだけが彼の心を支配する。大切なものを喪って、壊れてしまった心。癒すすべを知らない男の哀れさがにじみ出る。なぐさめの言葉もきっと役には立たないだろう。読んでいる間中、息苦しさを感じた。
何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)
語り手は拘置所に勤める刑務官。
彼は常に自身の存在価値が確信出来ずにいる。自分の本質から逃げ、本来の自分を偽って生きているのではないかと感じながら(本人が言うところの)「揺れながら」生きている。
現在の彼という人格を形成する周囲の人々の中には、自殺した友人、死刑制度を問い直す上司や、メンターとも言える人徳者たちもいた。
そんな彼が、虐待とそれに抗うことすら思い及ばない無力感の中で生きてきた20歳の殺人死刑囚と接することで、存在意義を過剰に追い求めるよりも、連綿と受け継がれる生命を連鎖を繋ぐ役割を自分も担っているのだという事実をこそ真摯に自負すべきだと気付いていく。
そして彼は、期限が迫っても控訴しようとしない死刑囚に、かつて自分を救ってくれた人の言葉を思い出し伝える。
「生体の発生から現在の自分に到るまでを繋ぐ長い線ともいえる生き物の連続は、途方も無い奇跡の連続でもある。全てが、今の自分を形成するためだけにあったと考えてもいい。」
だから
「重要なことは、お前は今、ここに確かに居るってことだよ。お前はもっと色んなことを知るべきだ。どれだけ素晴しいものがあるか、どれだけ綺麗なものがあるか、お前は知るべきだ。命は使うもんだ。」
それは、自身への確認でもあったのではないだろうか。
王国
「天才スリ師」と「絶対悪」の戦い(?)を描いた『掏摸』から2年、「絶対悪」の象徴・木崎が帰って来た! これだけでも読む価値ありです。今回、木崎に眼をつけられたのはユリカという、<組織によって選ばれた、利用価値のある社会的要人の弱みを人工的に作る>という女性。果たして彼女の運命はーー。『掏摸』→『悪と仮面のルール』に続く、中村文則「悪」シリーズの本書。このシリーズは、私たちが持っている「運命」という言葉の意味を変えてくれます。「運命」とタフに立ち向かいたい人、『王国』は特にオススメですよ!
銃 (河出文庫)
ネガティブな作品の多い中村さんですが、本作は中でも1、2を争う暗い暗いお話でした。
普通の大学生が銃を拾うことから始まる物語。ただ普通とは書きましたがこの主人公である大学生が、典型的中村作品主人公。見た目はあけぬけたイケメン風の大学生。しかし精神の中身は空っぽの中に暗黒があるという、ちょっと救いの無い男。中村作を読んでいる人なら、またいつものパターンかと思われる主人公です(笑)。
確かに文学的に暗いお話。徹底した主人公の心理描写でたんたんと進む物語はいつもの中村節。そのなかに出てくる表現は現代ならではの病んでいる一面を現していることは確か。
好き嫌いがはっきりする作品、作者です。ヘビーな心理小説が読みたい方にはお勧めです。中村作をこよなく愛する人にはぴか一なお勧めです。後味は最高に悪いですけどね(笑)。
掏摸(スリ)
短い。あとがき含めて175ページ。厚手の紙で読者の「読んだ感」を充実させるためらしい。あざとい。小説自体はとてもいいんだけどね。
こういうあざとさには腹が立つ。あ、本書の内容には関係ないのでやめます。
内容としては、とてもよかった。「僕」とか、バカ母に万引きを強要される子どもか、悲しい人がいっぱい出てきて、読むのが辛かった。でも先を読みたかった。あっさり死んだ石川に、こんなにも心を通わせる「僕」がいることにに、小説の主眼があったと思う。人間同士って、時には仲間になる。…ってこと?
やはり人は誰かとつながりたいんだってことか。
木崎というキャラクターが目立っているが、あの現実離れしたキャラクターは、魅力的ではある。それ故、この小説上のテーマを攪乱してしまった感がある。
木崎というキャラクターに、やたら感応してる読者がいるけど、危ないと思う。オゥムの時がそうだったよ。そんな人いないよ。みんな、小さい自分のまま、がんばっているんだよ。