牛を屠る (シリーズ向う岸からの世界史)
筆者の青春物語であり、牛を屠る職業の話です。
べらぼうにおもしろかった!
今年いちばん!!
特に説明しません。引用します。
”お産を繰り返した挙げ句に股関節脱臼をしたホルスタインの牝牛は治療されず放っておかれる。立てなくなれば床ずれができて化膿が進み、さらに放置されれば痛んだ箇所が腐敗して蛆がわく。死んでしまうとかえって手続きが面倒になるため、牝牛は、その頃になってようやくトラックに積み込まれる”
深刻や残酷ではなく、ありのままの事実だと読めます。
”われわれにとってはナイフの切れ味がすべてであり、切れ味を保つためにいかにヤスリをかけるかの一点に心血が注がれる”
このあと、かっこいいだけでない私もでてくるのですが、それは実際に読んでみて。
マタギ 矛盾なき労働と食文化
やや個人的な思い入れが強かったり、言葉足らずだったりする個所はあるが、「フツーの都市生活者が見たマタギの世界」のルポとして価値のある本である。
著者は、実際にマタギ達と親交を深め、狩りに同行し、解体して食するまでを、本書できちんと伝えている。長年の取材を通して得た知見と豊富な画像は現代に生きるマタギの実像をよく伝えている。
もうじき絶えてしまうであろうマタギの狩りは、共同体の絆を確かめるためにする矛盾なき労働だと著者は言うが、それだけであろうか。マタギによる狩猟圧が森林の生態系に果たしている役割についても考察が必要だろう。今の時代に生きるマタギ文化の存在意義を明確にし、社会的なコンセンサスを形成することが文化の継承には不可欠だと思う。
著者が師と慕ったマタギの一人が急逝されたという話には胸が痛んだ。マタギのように、誰にも真似できない、経験に裏打ちされた高度な技術を持った人を広く顕彰し、文化として途絶せぬよう担い手を支援する何らかの社会的な制度も必要であろう。
今の日本には、マタギの代表されるような、森林に関わる絶滅危惧文化が多くある。森林文化に興味のある人は、この本を興味深く読むだろう。クマを守ることで森林を保全しようとする尖鋭的な環境保護団体があるが、その人たちはこの本をどう評価するか聞いてみたい。
ぼくたちは大人になる (双葉文庫)
高校生の潔癖さと、驕りと、決意と、忘却と、自己嫌悪と、自信と。
この本は主人公の心情描写にそのほとんどを費やしている。非常にリアリティのある描写だった。
単純に高校生が失敗を経て成長していく、といったものではない。一度失敗をして、それを糧に成長したはずが、失敗を忘れてまた誤り、乗り越えたはずが、乗り越えられていない。自信を得たと思ったら自分の愚かさを思い知らされる。
揺れる心をとてもよく書き出していて、自分でもいくつも思い当ってしまう。
「おれのおばさん」の主人公はいい意味でも悪い意味でも素直でまっすぐだったが、この主人公はより人間くさく、自信過剰だったり、失敗を都合よく忘れてしまったり、より等身大の人間を描いているように思う。
また、この作者の作品はどれもそうなのかもしれないが、主人公の心情描写を軸とする一方で、それだけでなく現実にある社会の問題を提起してくる。考えさせられる部分も多い。
そういう意味でも充実した小説ではあるが、ストーリーも出来事がいくつも起こって飽きず、特にラストの展開は引き込まれた。
また主人公をふくめ、人物造形がうまく、登場人物がみな好きになれる。
単純にとても面白く、いい小説だった。
おれのおばさん
面白くて読みやすく、一気に読んでしまいました。
でもタイトルでもある恵子おばさんが、わたしにはそれほど魅力的には思えなかった。
主人公もけっこう早い段階でおばさんを慕うようになり、あれっ?って感じでした。
そのへんをもっと色んなエピソードを交えて読みたかったです。
あと恵子おばさんの元夫である後藤さんのグループホームに一週間滞在するところも、もうちょっとじっくり読みたかった。
後藤さんがどれだけすごい人物なのかこっちも期待していただけに、ちょっと拍子抜けでした。
そのへんで★1つ減らしました。
でも佐川さんの作品はぜひ他にも読んでみたいと思いました。
おれたちの青空
「おれのおばさん」の続編。前作の主要登場人物の3人が語り手となり、それぞれの視点による3つの中短編から構成されています。前作の書評でも指摘されていましたが、本作品では語り手の内面描写にさらに重きがおかれ、そのために物語としては物足りなく感じました。けれども作者のメッセージには全面的に共感できます。本文から引用します。「ここではないどこかに理想的な世界があるわけではなく、人生にはこれを達成したらOKという基準もない。そうではなくて、今ここで一緒に暮らしている仲間たちのなかでどうふるまうかがすべてなのだ。」
本作品は主人公たちのさらなる成長への前奏という感じもして、どうしても続編が読みたくなりますが、この作家にはすでに「ぼくたちは大人になる」という、(境遇は異なりますが)別の高校生を主人公とした作品があり、これは物語性もすばらしく、私の一押しです。私事になりますが、私はこの作家とほぼ同年代なのですが、今後もこの作家の新作を読みながら、自分の子供と共に成長していければと思いました。