檸檬 (新潮文庫)
「・・・何故だかその頃私はみすぼらしいものに強くひきつけられたのを覚えている。壊れかかった街だとか・・・土塀が崩れていたり、家並が傾きかかっていたり・・・時とするとびっくりする様な向日葵があったり。」
数年ぶりに檸檬を読んでみた。すると、まぶたの裏にその情景がありありと浮かんでくる。口の中のびいどろの味も、画集をめくる疲れも感じながら、一人とぼとぼ歩いている様な一人称の視点。しかし、世界は爽やかで澄み切っている。それは、個々の「私」がつくっていくものだから。
世界中の人々は、二人称でも三人称でもない、魂を持った個人なのだ、と思わせてくれる。この壊れかかった街並みは、「私」の心だろうか?それとも崩れてゆこうとする物理的な物質だろうか?全てはアンバランスな調和で爪先立ちしている。一見、シュールなようだが、暗部をさらけてはいない。
この肺病持ちの作者の瞳は美を捕まえる事に関しては、指折りだとしか言い様がない。それは、もちろん彼の闘病生活者としての内面的な眼差しもある事だろう。けれども、この両目に映る風景が消えてしまっても何程の事があるだろうか?檸檬の世界は永遠なのだ。街並みと丸善という対極的な場も、焦燥と享楽も、並行感覚を伴って、同一の世界に鎮座している。作者も、そして読んでいる私達一人一人も、この道のりの旅人でしかなく、またそうであるが故に、澄んだ空気を肺に取り入れながらどこまでも歩いてゆける。
そうすればやがて見えてくる、びっくりする様な向日葵達が咲き誇っているのを。
檸檬 (280円文庫)
高2のときの国語の実力試験、本文は梶井基次郎の『愛撫』だった。「猫の耳というものはまことに可笑しなものである。薄べったくて…」から始まるその文章を読んでいて、思わずその不思議でおかしな内容に、試験中にも関わらず笑い出しそうになってしまった。ふと気が付くと、クラス中のみんなが笑いをこらえながら問題を解いているのに気が付いた。そしてベルが鳴った後、全員が言った。「この続き、読みたい!」
授業で『檸檬』をやって、その鋭い風景の切り取り方、感じ方に魅せられてはいたが、まさかこんな作品があるとは…と、思わず買ってしまったのがこの短編集『檸檬』である。繊細でどこか艶かしい、そして時々とても素直な基次郎の世界を堪能できる一冊だった。一つ一つは短い話だけれど、凝縮された内容は読み応えあり。ただ、人によって好きなものと嫌いなものが混じっているように感じるかもしれないので星4つ。
BUNGO-日本文学シネマ- 檸檬 [DVD]
原作にストーリー性が加味されていますが、話の軸はブレてません。
この部分を蛇足と捉えるかどうかで、かなり印象が変わると思います。
個人的には良かったです。
もちろん原作を知らなくても楽しめると思います。(好みの問題ですが)
梶井基次郎全集 全1巻 (ちくま文庫)
梶井基次郎の感性って、この文庫全集を読んでみて、習作「太郎と街」が原点なんじゃないかなって思いました。感性のアンテナをピンと立てて、楽しげに街を歩く青年。それはのちに「檸檬」の屈折、「冬の日」の悲愴、「冬の蝿」の諧謔へとアンテナの方向を変えながら続いていく。
梶井の晩年29歳の時に書かれた「闇の絵巻」は、病気が悪化し、数百メートルの道のりを歩くのもやっとなのに、鮮烈な発見、驚きに満ちています。その根底には、不思議な生命の明るさがあるように思います。