蒲団・重右衛門の最後 (新潮文庫)
『蒲団・重右衛門の最後』です。表題二作収録。
蒲団は、日本文学史上のターニングポイントとされる有名作品です。その位置づけについては、ここで書く意味も無いのでググってください。
作品としてどうかというと、有名作品なのでストーリーがネタバレしているのですが、普通に面白く読めると思います。ただ、随所で言われている通り、現在ならばこれ以上に洗練された作品は多々あり、記念碑的意味合いが強い、というのも一面真実です。決してつまらないと切り捨てるほどではありませんが。
重右衛門の最後については。まず冒頭がダラダラしてつらかったのですが、全体の約4割くらいのところでようやく、今でいうところの中二病っぽい重右衛門の名前が出てきてから面白くなりました。展開はけっこう怒濤。最後の自然主義部分は説明がくどいのですが。
二作ひっくるめてそれなりに興味深く読めるので★4です。
キャラクター小説の作り方
キャラクター小説とは、ライトノベルのことです。本書の元となった「ザ・スニーカー」の連載時点においてはライトノベルという言葉は生まれていなかったので、大塚が「角川スニーカー文庫のような小説」を総じて命名しました。
題名は小説入門書を装っていますが、内身はちがって大塚の小説論になっています。実際、創作支援書として具体的アドバイスを行っているのは全12講中2・6・8講くらいで後は小説批評といえる代物です。そこでは、今ひとつジャンル名が定まっていなかった現在ライトノベルといわれる小説群のルーツと定義、独自性を洗い出します。これはこれで充分面白いのですが、面白いラノベの書き方を手っとり早く教えて貰いたい読者にとっては不親切です。
なぜ、こんな本になっちゃったかの理由ははっきりしています。雑誌連載時の創作入門書としての中核である「宿題編」が新書版及び文庫版に未掲載だからです。「宿題編」とは毎号の最後で読者に対し課題を出し、次号においてその募集された課題をもとにプロット及び設定を組み立てていき、最終的には小説を一本作ってしまおう、という試みです。つまりこの本は本来「物語の体操」と同じ路線の書き込み型の創作入門書になるはずだったのです。連載時のあおりでは、連載を読んでるだけでキャラクター小説をまるまる一本作る疑似体験ができるよ♪ってな感じでした。それがゴッソリなくなっているのですから書籍化にあたっては書名を変えた方が誤解を受けなかったかもしれません。
大塚の小説批評としての最終的な主張は以下の通りです。明治三十年代の若者達が西欧化という新しい現実を前に言文一致体からなる新しい小説を生み出したように、現在も新しい小説が生れていく変化の渦中にあるのではないか、その可能性の一つとしてライトノベルに期待したい。という希望に満ち満ちた結論です、でした。(今は投げやりな諦めムードに向かってますが)
恋する日曜日 文學の唄 ラブストーリーコレクション [DVD]
恋する日曜日シリーズでは今までコミックが原作の作品はありましたが、本格的な文学作品を映像化したのはこのシリーズが初めてです。そして、ただ映像化するだけでなく現在に置き換えてアレンジしてあります。そのためか原作の主題を映像化するのに重きを置き、原作とはかけ離れた表現の作品になっているのが多いです。
ただ作品のチョイスは考えられていて、武田麟太郎 佐左木俊郎 林芙美子など玄人好みの、まず商業ベースではドラマ化されないだろうという作品ばかりです。また出演者も粟田麗 橘実里 千葉哲也 他、書ききれないほどの本当の実力派をそろえていて、見ている人をその作品世界にぐいぐい引き込んでいきます。
内容は地味な作品が多いので手をたたいて笑えるような作品はありませんが、じっくりと文学の世界に浸りたいときには最適の作品で、優れた短編集を呼んでいるような錯覚に陥ります。とてもお勧めできるDVDです。
温泉めぐり (岩波文庫)
あの田山花袋による温泉ガイド、といったもの。
もちろん当時は実用書としても使われたのだろうが、そこは田山花袋。
しっかりと一編の文学となっている。
温泉場でのほんの一瞬の人との出会いから物語をつむぎだしたり、何気ない風景に詩情を感じてみたり。
ちょっと文章がワンパターンな気もしないでもないが、単なるガイドに留まらない内容になっている。
とはいえ、そんな詩的な部分だけでなく、気に入らない温泉については、
「行く価値はない」
「俗っぽい」
などとばっさり。
自分の好きな温泉がけなされると気分のいいものではないが、まぁここまでばっさりやられるといっそ爽快でもある。
取り上げられている温泉は全国にわたるとはいえ、詳述されているのは関東近辺のものばかり。
あとは比較的駆け足なので、関東近辺の在住者の方が楽しめるはず。
また、電車がまだ通ってないところがあったり、「馬車鉄道」なるものがあったりと、当時の交通事情が垣間見られるのも面白い。
田舎教師 (新潮文庫)
―生真面な性格故に、挫折もまた身に応えてしまう―そんな主人公の姿が等身大で描かれています。文学で身を立てたいと思いながらも、家計を支えるために教鞭を振るう清三。前半で描かれる希望に満ちた清三と、瑞々し描かれる田園風景とは対照的に後半は、清三も風景も陰りを帯びてきます。燐とした静謐さの中にも、仄かに燻る焦燥感が美しくもあり切なくもあります。哀しい結末なのが残念