八つ花ごよみ (新潮文庫)
「花」を関わらせた短編8話。いずれも主人公が壮年以上であり、それだけでも身近に感じるのは評者の年齢のせいだろう。
順不同だが、おなじみの一力節が光る話としては第3話の火消しに助けられた鮨屋親方と手に触れるとツキがよいと噂のおかみ。5話の将棋盤作りの棟梁。6話では新商売に挑戦したススキ作りと空見の奮闘がテーマだが、そこに絡むのが門前仲町の料亭江戸屋の女将秀弥とくれば言うことなし。7話では還暦の担ぎ売りの天ぷら屋女主人への老いらくの恋を影で成就させる差配と兄弟分のテキヤの元締め。8話は珍しく女性主人公で、村上水軍の血をひき因島から江戸へ出てきた煙草屋の看板娘が見初められ大名家御用達の大店に嫁ぎ隠居してからの半生記。ここでは刻み煙草「開聞誉れ」がよい小道具となっている。
犬好きの評者には「くま」や「くろ」もいい味だが、7話の猫の「まゆ」も紹介しておきたい。
さて、残りの3つの話は薬問屋当主、鳶職人、瓦版刷り屋当主のいずれも認知症、脳溢血、脳梗塞を原因とする介護の設定。それぞれ老境に入った夫婦の愛情物語なのだが、現実に抱えている老人介護の難しさが頭に浮かび、正直、辛いところがある。
利休にたずねよ
山本一力や和田竜など、これまでの時代小説の世界にはなかった世界観を持つ作家さんが活躍してますが、
斬新な切り口と時代小説の深み、
そのふたつを一番高いレベルで持ち合わせているのは間違いなく山本兼一先生であったと唸るしかない力作です。
実は何年も前に「火天の城」を読んで以来の久々の出会いだったんですが、初期の山本作品は
「この作者さんはすごい量の資料を読んだんだろうなあ」
という感想が浮かびました。
それはそれで凄く面白かったんですが、この「利休にたずねよ」と続けて読むと、
膨大な資料を小説にまとめる力はそのままに、文章の読みやすさやフィクション部分の自然さといった、小説家としての力量があがっているのが明らかにわかります。
自分が生きていなかった時代の、これまた知らない世界のことを、上質な文体にのせて一気に飲み干したあとの充実感はたまりません。
あとはこの話で語られる利休がけっこうクセのある人物なので好きになれるかどうか…。
好きになれない人には読後感もあまり良くないと思います。
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週刊文春10月27日号の山本一力氏の記事を読んで即注文しました。確かにすばらしい。苦味を出さずに、甘味を出してくれる。自分で淹れるより簡単でおいしい。かわいいやつだ。山本一力氏の記事も感動ものだ。一読あれ。
次郎長 背負い富士 DVD-BOX
いい時代劇を見させてもらった。中村雅俊さん、小倉一郎さんそれに海といえば、七里ヶ浜のイメージだが、今回は江戸から明治への移行期を生き抜けた渡世人が、周囲に生かされて渡る世間という側面をドラマに描く。長五郎の少年時代を演じた小清水一輝さんは、見る人の親心を目覚めさせる好演。大政役の草刈正雄さんの姿を拝見したのは土曜ドラマ以来だが、背筋の伸びた姿は相も変わらず、いい男だ。
原作の山本一力さんの作品は読んでいないが、ドラマを見る限り、明治維新へと動く時代背景も入れながら、人と人との出会いの中に見いだす、つながりの糸や脈というものの繊細さ、さらには価値観の照らし合わせも問う映像に表現できていると思う。やや気が強うそうで幼さも残る、次郎長の最初の妻きわ役は松尾れい子さん。
次郎長は、凶状持ちとなってしまい三行半をきわに差し出し、「縁は切れても次郎長の女房はおまえ一人だぜ」の言葉を残し、無宿者となり縁あって三州に向かう。ところがどっこい、殺って川に放り込ん連中は、・・・。
清水に戻った次郎長は、きわが油問屋に嫁いだことを知り、二番目の妻お蝶と結婚した後のある日、ばったり、街できわに会う。「やっとあなたの夢を見なくなったのに」。これは、効くねえ、ご同輩!
勝ち気な役柄のお蝶役をこなすのは、田中美里さん。この俳優さんもまた、美しい。瀬戸への逃亡の旅は、暑気あたりでやつれ、荷車で子分たちに引いてもらう姿が、何とも、画面に向かって手を引いてあげたくなるほど。
米問屋甲田屋の番頭役、小倉一郎さんも「俺たちの〜」から何十年も経って、年を取ったなりにいい役柄を醸し出している。全編見ると、434分。時の流れに、一息ついてみてはいかがであろう、ご同輩。
DVD3枚セット。脚本、ジェームス三木。演出、冨澤正幸、佐藤峰世、陸田元一。主題歌:中島みゆき。
粗茶を一服―損料屋喜八郎始末控え (文春文庫)
一力ワールドでは真っ正直で一途な思いを持つ主人公が活躍する作品が多いのだが、本作品では幾重にも人物設定に工夫が凝らされている。テレビの長寿番組「水戸黄門」が終わってしまうように、今日では単純な勧善懲悪の物語はもう流行らないのかも知れない。
現代で言えばリサイクルショップの損料屋という看板の裏で、いわば私立探偵でそのうえ正義のためには“始末”さえもためらわない特殊工作員である喜三郎のグループが本来の主人公。本作では、これまでの敵役であった札差伊勢屋四郎左衛門と互いに度胸と才能を認め合う不可思議な関係を基にひそかに手を携えて事件に立ち向かうことになる。
三話仕立てで、富くじ発行権をめぐる詐欺に絡む一話では“猫”が、二話目では“茶”がキーワードになり、札差仲間の主導権争いに絡む悪事をあばく。最終章の三話は陰影の深い“にゅうめん”にまつわる話だが、これだけで終わらずに次の物語の始まりを暗示しているようだ。
本当のワルはまだ明らかにされていないと思うが、時代は寛政の改革のとき。徳川8代将軍吉宗の孫、11代将軍と目されていた松平定信が大繁栄の田沼時代の後に、倹約を説き武士の借金を棒引きにする棄捐令をはじめとする緊縮政策により大不況に陥ったとき。
今後話がどのように広がるか、見逃せない。