発達障害かもしれない 見た目は普通の、ちょっと変わった子 (光文社新書)
発達障害については、専門家によって説明が微妙に変わる印象がぬぐえない。
同じ言葉を用いていても、それをどのような定義で用いているのかが異なるとき、会話はたやすくすれ違う。
だからこそ、言葉の定義を明確にすることは重要である。その言辞が診断名であるならば、その診断基準を。
本書は対応や治療についての記述は少ないが、DSM-4とICD-10の診断基準を丁寧に紹介しながら、自閉症、高機能自閉症、アスペルガー、LD、ADHDを解説してある。
どのような基準を持って診断がなされているのか知りたい人には、一挙に紹介されている点で便利であろう。実際例を、医師である著者、当の本人、その家族の三者の目線で言述しているところは目新しい。
この基準だけを見て自己判断することは不適切だと思うが、心当たりが生じれば専門家に相談するよい契機になるとも思う。保護者のしつけの問題でもなければ、本人の性格でもないことを、受け入れてもらいたい。
ただし、耳に心地よい情報ばかりではない。著者が臨床家として出会うケースの中に対し、ここには書かれていない様々な心痛があっての苦言であろうと思われた。
10年後の「結婚しないかもしれない症候群」
「結婚しないかもしれない症候群」に登場したバブリーな女性たちはその後どうなったのか?あれから10年経っても、女性を取り巻く日本社会はそれほど変わってない、結婚しないかもしれない症候群は今でも健在、そう思っていた。だから、この著書を半分くらいまで読んだときには、なんとなく裏切られてしまったような気がした。実際に著者自身も結婚し出産している。しかし、人間は確実に変化していく。とくにこの10年、バブルに支えられていた人たちは、変わらざるを得なかった。いろんな女性に流れた10年と言う日々を読むのは、単純に興味深くおもしろい。そして、著者は10年前を振り返りながら、「今」を検証している。読み終わる頃には裏切られた気持ちは不思議とどこかへ消えていて、むしろ、これか!ら自分に流れるであろう10年を重ねてしまう。そして、「結婚しないかもしれない」というのはあくまで症候群であって、それを乗り越えたらその後何が待っているのか、社会の中で女性はどう生きるか、動物としての女性はどうやって機能を果たすべきか、さまざまなことを考えさせられる一冊だった。