佐賀のがばいばあちゃん (徳間文庫)
生活苦のため、女手一つで育ててくれていたお母さんの元から祖母の家に預けられたのは、著者が8歳のときでした。
ばあちゃんの元でもっと貧乏になった生活の変わりようを、著者は「ワンランク上のド貧乏になってしまった」と表現しています。「ワンランク下」ではなく「ワンランク上」と言うことができたのも、ばあちゃんのおかげです。ばあちゃんは貧乏にくじけない、底抜けに明るい人でした。
なにしろ、「そのうち金持ちになったらいいねー」という明広少年に、
「貧乏には暗い貧乏と明るい貧乏がある。
うちは明るい貧乏だからよか」
と言い切るばあちゃんです。
明広少年が学校から帰ってきて、
「ばあちゃん、腹へった!」
と言えば、
「気のせいや」
と返し、夜中にお腹がすいて
「やっぱり、お腹減った」
と揺り起こすと、
「夢や」
と言われてしまいました。
こんなに明るいばあちゃんですから、学校の先生も地域の人たちも、みんなで応援してくれます。
崩れてもいない豆腐を疵物扱いで安く売ってくれる豆腐売りのおじさん、治療費を受け取らないお医者さん、毎年の運動会に「お腹の調子が悪いから、弁当を交換してくれ」と言ってくれる先生。
こんなエピソードを続けて読まされると、思わず目頭が熱くなります。明るい貧乏の話を読んでいて、何で涙が出るんでしょう……。
ばあちゃんの笑顔は、亡くなった今も、みんなの心に燦然と輝いています。今でも親戚一同が集まると、必ずばあちゃんの話で盛り上がり、とうとう「ばあちゃん生誕百年」を記念した大宴会まで開いてしまった、とのこと。
著者は、最後に、
ばあちゃんのような生き方こそ、
「いい人生だった」と言うのだと思う。
と書いています。
笑って笑って、ホロリとしてしまう。心の汚れが洗い流されるような一書でした。