美と破局 (辺見庸コレクション 3)
主として自らの死と死に様がテーマの17編の詩は書下ろしで、大病を患った辺見さんが自著で述べて来たように死の接近(向う側とこちら側から)を内包する者にしか描けない焦燥感や倦怠感や苦悩を感じました。
癌で片手からやがて全身の機能を失った父は一言もその恐怖を家族に吐露せず、逆に家族のことを想いながら64歳で他界しましたが、この詩篇を読み父の心中が如何なるものだったか慮りました。
書下ろし以外の8割は他著で既読でしたが、随所に見られる時代の本質を見抜いていた漱石や思想家達の言葉の引用と豊富な語彙を用いて深く沈思し、社会・政治・マスコミ・大衆に対して語った言葉にはやはり他の著者にない重みと深さがありました。
ですが、世界恐慌の今という時代にあっては過去のコレクションが主体の本書より先に辺見さんの近著を読まれる事をお薦めします。
Sings
ジャズ界広しと言えどもチェット・ベイカーのボーカルを凌ぐボーカルがあるとも思えないし、これから出てくるとも思えない。
1950年代から彼はいつの間にか歌い始め本作はその評価を確立したアルバムだ。だが、僕が是非とも体験していただきたいのは、この若き日のチェットのボーカルを聴いた後で、最晩年のチェットのボーカルを聴くことだ。特にスティープル・チェイスから出ているペデルセン+ダグ・レイニー盤数種。そしてフランスあたりで録音した盤は最高である。人間は徐々に枯れていく。彼の中性的と言われるこのボーカルも枯れていくのだが、この『Sings』のボーカルが熟成し枯れた時どうなるか、である。そしてトランペットも枯れていく。
何て素敵なアルバムだろう。僕は晩年と若き日々のチェットのボーカルを何度も何度も行き来してしまう一人だ。
チェット・ベイカー・シングス・アンド・プレイズ
下らないタイトルをつけましたが、以前持っていたこのCD、音信不通になった友達に貸したので戻ってこない。そういうCDが3、4枚はある。皆さん気をつけましょう。
さてトランペット音楽といったら誰を思い浮かべるでしょう? マイルス・ディビス? ルイ・アームストロング? ハーブ・アルパート? その他大勢おりますが、チェット・ベイカーの個性は際立っています。その理由は前述したルイ・アームストロングとは違った、いかにも白人男性の声、彼独特の甘い声によるボーカル。「おしゃれな音楽」といった物があるとしたらその定義は何なのか色々あるでしょうが、一聴して「あぁ、なんておしゃれな音楽…」と思わざるを得ない魅力が彼の音楽には詰まっています。ジャズの本場ニューオルリンズやニューヨークとは明らかに違う雰囲気。ロックの世界でもLAのサウンドは独自の個性を持っているが、このチェットの頃にさかのぼっても既に西海岸のサウンドは独特の味があったのだな、と思う。
個人的にジャズという音楽は、昼間明るい空の下で演奏されるよりも、暗いクラブやライブハウスで昔から演奏されていたので、どうも夜の音楽というイメージがつきまとってしまうのだが、チェットの曲は絶対昼間にはかけられない、夜しかかけられない、そんな夜にぴったりのおしゃれな音楽。
全曲好きだが、個人的にお気に入りは「グレイ・ディッセンバー」。この世の終わりのような暗いストリングスの出だしのメロディーにはやられました。
きっとチェットのようなスタイルは個性が強いだけに好みの別れるアーティストだが、何か古くて新しい物をお探しで、ちょっと違ったジャズを聞いてみたいという人には良いと思う。
終わりなき闇 チェット・ベイカーのすべて
アマゾンさんすみません、高い本なので近所の図書館で借りて読みました。
500頁、細かな字体でびっしりなので実質800頁はありそうな分量でした。
ベーカーの生き様というのは有名でしたから、別に驚くほどの内容ではありません。
ただし、著者のJames Gavinの文章には沢山の問題というか、難ありです。
極めて狭量というか、白と黒、all or nothingという著者の幼弱な視点が随所に窺われます。
70年代から復活してからのベーカーの作品の幾つかには、著者は高い評価を与えます。
が、彼が言うが如く、ベーカーの初期のヴォーカル集は甘いだけの陳腐な内容でしょうか。
初期の器楽曲は、マイルスのコピーにすぎない浅薄な作品ばかりでしょうか。
更に問題なのは、ベーカー御一家、友人に対するプライヴァシーへの配慮です。
有名人の周囲の人々だからと言って、様々な不名誉なことを網羅的に記述する必要性があるのでしょうか。
夥しい免責書類への署名の獲得で出版にこぎつけたのでしょうが、文化の違いがありといえど、
ジャーナリストとしての著者の倫理観に大きな疑問を感じました。今日の日本では受け入れられない内容です。
http://jamesgavin.com/index.html
に著者のサイトがあります。
ただ、読み進むうちにベーカーの最後の数年間の有様、特にヘロイン、コカイン、バルビツール、
への耽溺、依存の程度を知り、彼の不可解とも思える気分の変調、或いは人格面の荒廃化に合点がいきました。
私の周囲のアルコール依存、特に重症者と共通するものであり、何もベーカーが特異、特別であった、というわけではなさそうです。
薬物依存症は、あらゆる精神疾患、双極性障害、時に統合失調様障害、人格障害をなぞるものであることは、
かねてより指摘されています。ベーカーも忠実にそれをなぞってしまいました。
著者の記述に難あれど、Jazzファンとしては幾つかのエピソード、
1954年のバードランドにおけるベイカーとマイルスグループとの火花が飛ぶような緊迫の演奏、
オフの帝王マイルスがわざわざクラブにベーカーを聴きに足を運び「くそったれ」とベーカーに毒づく大人げなさ、
W・ショーの悲惨な最後、フランスを代表する小粋なピアニストMichel Gaillierの地獄の様な生活など、
興味深い点も満載の本ではあります。
Candy
表題曲はもちろんリー・モーガンの名演で有名ですが、
コルトレーン「バラード」の「セイ・イット」同様、
なぜかほかのジャズメンが取り上げないので、不思議に
思っていました。
晩年のチェットは「レッツ・ゲット・ロスト」も観ましたが、
やはりジャズメンは長生きすると無残だなー、という印象をもっていました。
復帰後のアート・ペッパーのおかっぱ髪、チェットの顔のシワ・・・。
あんな二枚目たちが・・・。
しかし、これ、すごい名演でした。マイルス同様、中音域で勝負する
ラッパ吹きですが、最晩年のマイルスより、少なくとも(ミュージシャンでなく)
プレイヤーとしてはチェットのほうが上だと思いました。
一音一音がとても渋く響き、墨絵のような世界が繰り広げられています。
ただ、目当ての「キャンディ」が、これだけボーカル入りで・・・。
若い頃のボーカルより、ずっといい! のですが、これはインストオンリーで
聴きたかったなー。スキャットの部分が特に、あ、ここラッパで聴きたいのにぃ!
と思いました。でも買ってよかったわー、です。