嫉妬事件 (文春文庫)
殺人事件の出てこない日常的なネタを扱う、
いわゆる日常系ミステリーです。
代表的な物では北村薫さんの「円紫さんシリーズ」、
加納朋子さんの「駒子シリーズ」が有名ですが、
この「嫉妬事件」では史上最高にくだらない(褒め言葉)ネタを扱います。
ネタがネタなので生理的に嫌悪感を感じる方もいると思います。
実際、他のレビューでは読むのを断念された方も。
自分は最初はくだらないな〜と笑いながら読み始めましたが、
そこは乾くるみさん、
登場人物の推理合戦が二転三転してどんどんのめりこめました。
ネタはあれですがしっかりした本格物です。
くだらないネタという思いへの乾さんからの反論も文中に登場して、
ちょっと考えさせられます。
最後に、自分は何にも思いませんでしたが、
嫌悪感を感じる方もいるみたいです。
本屋で購入する時はちょい読みして大丈夫か確認して、
ネットて購入する際はネタバレなしのレビューを読んでからの方がいいと思います。
Jの神話 (文春文庫)
ミステリと言えばミステリだが、ファンタジー、ホラー色もかなり強い作品。少なくとも、一般的な「ミステリ」という意識で読むと違和感を感じると思う。
全寮制女子高で起きた事件と、その背後に現れる「ジャック」の言葉。かなり独特な世界観なので、評価は割れそう。同性愛、性的描写なども多いので、それらが苦手な人はやめておいた方が良いかも。
ただ、序盤は女子高での一風変わった憧れと恋愛(?)の世界、中盤は事件を巡るミステリ、そして最後はホラー・ファンタジーというような形になるわけだが、それらが違和感無く繋がっているあたりは上手い。読み手は選ぶと思うが、好きな人はとことん好きになると思う。
リピート (文春文庫)
ある日、大学四年生の主人公、毛利圭介(けいすけ)に電話がかかってきます。「今から約一時間後の午後五時四十五分に、地震が起きます」と、男の声で。そしたらその時間に、本当に地震が起きた! その後、また男から電話がかかってきて、「私はこれから起こる出来事をすでに体験しているのです。そして、ほかのゲストとともに、あなたにもぜひ、リピート体験(時間旅行)に参加してもらえたらと思っています」と告げられます。
で、毛利は他の八人のゲストとともに(招待者を含めて総勢十名で)、過去への旅に出かけます。今までの記憶は保持したまま、過去のある地点の自分の肉体に、意識が戻るんですね。すでに結果が分かっている競馬で大金を稼ぐこともできたりする訳ですが、戻った世界で、ゲストがひとり、またひとりと死んで行く……。
リピート現象の背後に何かある意志が働いているのではないかという、謀略小説めいた雰囲気もありますね。しかし、本書の一番の魅力は、「もしも人生をもう一度やり直すことができたら」という設定に、複数の選ばれた人間を参加させたところにあったように思います。彼らの疑心暗鬼や互いの腹を探り合う状況が、毛利が他の参加者と連絡を取り合い、意見を交換する中で描いていく、そこが面白かった。ゲーム盤で戦わされる駒同士の駆け引きの妙、それを見ているような感じって言ったらいいかな。
ただ、途中までは本当にわくわくしながら読んでいったのですが、最終局面で、話が失速していたのが残念。肩すかしを食らったようなラストも、「あー、そうくるかあ。そこ、何とかもう一踏ん張り、もう一声、あって欲しかったなあ」と。終盤の展開がいまいち納得のいかないものだったので、星四つとしました。
セカンド・ラブ (文春文庫)
イニシエーションラブが面白かったので読んでみました。
う〜ん… 最後のオチには気がついて「なるほど」となりましたが、
そもそもなぜこんなことになったのかという、人物の動機は良く分かりませんでした。
登場人物たちが「仕掛け」のために動かされているので
性格も何だか薄いし、行動も無理矢理な感じがしました。
イニシエを読んだ後、リピート、Jの神話、セカンドラブと読んできましたが…
最初にイニシエを読んだので、乾さんに過度な期待をしすぎたのかもしれません。
イニシエを知らずに読んでたら悪くなかったと思います。
カラット探偵事務所の事件簿 1 (PHP文芸文庫)
体調を崩していた新聞記者の「俺」は、高校の同級生だった古谷
に誘われ、記者を辞め、古谷が開く探偵事務所で働くことになる。
広告は出さず、謎解き専門――という浮世離れした
古谷の方針に当然、最初は依頼などなかったのだが……。
読みやすく、オーソドックスな作品がそろったパズラー集。連作短編
ならではの仕掛けがもたらすサプライズも、ベタながらいい感じです
(あと、タイトルの「1」が、じつに心憎いですw)。
◆File 1「卵消失事件」
作家の妻が、夫の浮気調査を依頼してきた。
何でも彼女の夫は、ファンの女の子とメールのやり取りをしていて、
その子の影響で、鉄道ファンでもないのに《電車でGO!》という
ゲームをやり始め、それを話題にメールで盛り上がっているらしい。
そんな夫がある日、烏骨鶏の卵のパックを買ってきたのだが、帰宅して
見てみると、未開封のパックから、なかの卵が忽然と消えていたという。
その日のメールには《烏骨鶏、横にずれ消えた!》という謎の一文があり……。
なんとも黒いというか、えげつない《暗号解読》。
暗号自体は単純なのですが、卵消失まで
演出するあたり、念の入ったおちょくりですw
◆File 2「三本の矢」
フジタカチェーンの社長・藤村隼人氏の家に、矢が二本、射ち込まれた。
その矢は、藤村家のものであったため、内部犯の可能性が
高いと考えられたが、藤村家には弓が存在しないのだ……。
隼人氏には、三人の息子がおり、それぞれの適性に合わせ、ゴルフ、釣り、ラジコンといった
趣味を持たされているのですが、それらの特性を巧みに活かす物理トリックが読みどころです。
◆File 3「兎の暗号」
十六年前に亡くなった石原卯吉が、三人の子どもに遺した暗号歌。
どうやら、宝の隠し場所が、読み込まれているようなのだが……。
三首の暗号歌には「兎」という言葉が読み込まれていること、そして
石原家の敷地が漢字の「田」に見立てられることから、古谷は漢文
の『株を守る』を連想し、それを糸口に暗号の解読を進めていきます。
九星方陣や文字列変換などが駆使された、真っ向勝負の《暗号解読》
なのですが、この依頼をやり遂げたことにより、それまで閑古鳥が鳴い
ていたカラット探偵事務所の知名度が、全国区のものとなりました。
◆File 4「別荘写真事件」
依頼人のもとに届けられた差出人不明の手紙には、
十年前に失踪した父が生きていると書かれていた。
その手紙には、二枚の写真が同封されており、一枚目は
二階建てのコテージ風の建物と、依頼人の父とおぼしき
人物が写っているもの、もう一枚は、一枚目と同じ人物が、
あたかも満月に齧りつこうとしているように演出して撮った
写真だった。
この写真が写された場所に、依頼人の父がいると思われるが……。
依頼人の父の居場所は、満月の写真が決定的な手がかり
となり、特定されますが、本作の主眼はじつは他にあります。
真相究明の過程で出てきた言葉が、文字通りパズルの1ピースとなり、
結末において、オリジナルのクロスワード・パズルが完成されるのです。
《最後の一撃(ダジャレ?)》から逆算して作られたパズル、
そして、その際に集められた言葉でドラマ創りをするといった
趣向は、結構珍しいのではないかと思いました。
◆File 5「怪文書事件」
物利根団地の住人の不倫を告発する怪文書が、団地内の複数の家に郵送される。
怪文書は時期をあけて三種類出回り、三軒の家の奥さんが標的にされたのだが……。
古谷は、今回の犯行が《ABCパターン》(=目的のものを、多数の関係ないもの
の中に紛れ込ませて動機をわからなくする作戦)と早々に見抜き、あっさり犯人
にたどり着きます。しかし、じつはここからが本番。
犯人の過剰な猜疑心は、的外れだったものの、結果的に真相
の裏側に的中したような、なんともオフビートな様相を呈します。
特に、犯人の好物である温泉卵と、妊婦をターゲットにした某雑誌名を
引っ掛けて、夫婦の融和が描かれるくだりは、ハートウォーミングという
より、どうしても黒さを感じてしまいますねw
◆File 6「三つの時計」
古谷と井上の旧友の結婚式で語られる《日常の謎》。
新郎新婦は、どんな交通手段を使っても約束の時間に目的地に到着するのは
不可能な場所にいたにもかかわらず、なぜか時間通りに到着できたという……。
前述の謎は、機械的なトリックを用いたものに過ぎませんが、
本作の結末では連作を通じての大仕掛けが発動しています。
まあ、ある意味ベタなトリックなので、先鋭性を求める向きには不満かもしれませんが、
作者からすればそのトリックで、すれっからしの読者まで驚かせようとしたのではなく、
むしろ積極的に、予定調和な〈物語〉を志向した結果、選ばれたものだと思われます。
販売戦略といえばそれまでですが、作者もたまには、
愛らしいエンディングが書きたいのかもしれませんねw